煙草から意識をそらすためにも、食べたいものを好きに食べる3日間と決めていたので、体重がかなり増えた。
もちろんこれからは元の生活、元の体型に戻っていくわけで(煙草を除き)、いつまでも自分を甘やかしているわけにはいかない。
煙草をはじめ、食べること、飲むことは自分だけで完結できる極めて自由度の高いことだから、依存するのではないかと考える。
要するに自分が手綱を握って、ちゃんとコントロールできるものは気持ちが良い。
ただ、タバコに関しては依存という感覚の方が強くなってきており、違和感を覚えたのでやめることにした。
電子タバコに変えてからは「習慣だけで吸っている」感が強かったので余計に。
初日はつらかった、もちろん。
自分のつらさを色々な角度から仔細に観察し、味わってみた。
このつらさは「禁煙はつらいものだ」という思い込みから発生しているようにも感じられた。
なんだか思い込みの世界にいるような気がして、つらさという分かりやすいものをしっかりと研究してみたかったという部分もある。
その結論からいうと、つらいのも本当だし、思い込みが発生しているのも本当だ。
マーブルパンの如く、このふたつが複雑な断面を描き出している。
どちらか一方から全体像を知ることはできない。
ただ、見える世界を固定した方が、世界を断定して強力に動きやすいのかもしれない。
どちらかというと物事は白と黒をしっかりつけたい方だ。
人に頼るのもあまり得意な方ではない。
若い頃に持っていた目標は「全てを一人でこなすこと」
だから様々な楽器、スキルの習得にもあれだけ精が出せたのだと思う。
今はあの頃よりも、もう少しゆるい…というのも世界の成り立ちがギブアンドテイクでマーブル色になっているように感じられるから。
自分が一斤のパンだと感じるときもあれば、中の複雑なマーブルの一部のように感じるときもある。
これはどちらも正しいのだろう、おそらく。
このブログは「おそらく」が多いブログである。
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